秋・・・・冬になる前に

 干し柿に挑戦しました。

母が元気なら、たぶんやらなかった事です。

11月3日に、実家にある柿を、いつもお世話になっているおじさんと一緒に収穫、いつも畑の草刈とか、心配してもらってます。今回も前の日にそろそろ柿取らないと、鳥に食べられちゃうからと・・・・電話をもらった。

 というわけで、50個だけ作ってみることに・・・・

 今屋根の下に干してあります。

便利なもので、インターネットで調べると、写真入りで親切に解説してくれてあります。

 今一週間を過ぎ、だいぶ色が変わってきました。柔らかなタッチで、柿を揉むとありましたので早速揉んでみました。中には芯が固いのもありますが、結構いいかんじです。

 今ベランダに干してあるのが、大根です。これも先日母の実家から

 母があーなって野菜もないだろうと、おじが大根をくれました。これははりはり漬けにしようと・・・・・こちらも初挑戦です。

 私の家にも、家を新築した時に母が柿の木を植えてくれました。この柿は近所の人が管理し、枝の剪定と干し柿を作って年末に少しもらってますが、ここ2年柿がなりません。

 

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またゆっくりと運行します。

  先月誕生日を迎え。40代最後の一年が始まりました。
 

 一日の大半占める時間がいま最大のストレスとなり、自分の中の汚い部分をありのまま吐き出そうと本線を運休させていましたが、またゆっくりペースで運行させようと思いますので、また時々のぞいて下さい。

  私線ですか、当然続けるつもりです。その日までは・・・・・

 
 今私たちの年代は大きな節目の時期なのかもしれません。

 20代から30代 結婚・出産・育児・教育と必死で突っ走ってきた。
 

 40代 子育てから少しずつ解放され、その都度の悩みはあるにしろ、すべてが思うようにはいかないにしても、自分の時間もかなり持てるようになりました。  
 

 40代後半から50代は、今まで以上に、趣味や、運動に再チャレンジし対人交流を大切に旅行を楽しんだり、後半人生をどう輝きながら最後まで生き抜くかが最大の課題です。

 私は、3年前、がん告知を受けた時、自分の死に方みたいな事を考えた。
 
 あの時は今の自分を想像なんか出来なかった。

 現在は3ヵ月毎の外来での経過観察中ではありますが、特に大きな問題もなく元気で頑張っています。

            

 今年に入ってからは、かなりストレスでなかなかそこから抜ける事ができません。
もっと気楽に楽天的に物事を考えられればいいのですが、何十年も付き合ってきたこの
性格なかなかそうは変われません。

 そして7月11日の事

 せっかく、穏やかに暮らせると思っていた母が突然脳出血です。

 脳出血での後遺症は右半身麻痺、言語障害、摂食障害、意識障害、

  高齢でもある母は、よくはならないと、たぶんこのまま寝たきりに
   
 担当医師から説明を受ける。 

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只今私線ブログ没頭中!?

只今私線ブログ没頭中

   本線はしばらく運休しようかな!

 2009年予想通り波乱万丈にスタートしました。

 年頭にこんな感じでスタートした2009年は、ばっちり私の予想通り、結構なストレスと戦ってます。
 このストレスをどう解消すればいいのか?

 私はつらいことがあると 書く ことで発散してきました。口で言えない分、昔から書いて書いて来ましたから・・・と

  つぶやきブログを始めました。いろんな思いを吐き出そうと私線で今ストレス発散しています。が・・・・こちらも予想外の展開でちょこっとこちらも本来の趣旨から外れてしまったような、今けっこう疲れちゃってます。

  身体は相変わらず元気のはずです。体重も今のところ安定してます。ビールも美味しいし、だけどけっこう心は病んでるかな?

でも、今は後悔の無いように頑張ることにしました。きっと良い事があるって信じてますから・・・・気持ちが落ち着いたら本線に戻ります。

 

  

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4年生へ進級しました。

 昨日は無事4年生へ進級するための大事な検査の日でした。

    ここで担任交代?・・・・・

 実は、 前回の外来に日に、少し長く話したいからと、一番最後に・・・どうせ待たせる口実と思いつつも まあいいかと順番を待つ事にようやく私の番になり、当然のように今回も大きな問題も無し、腸の内視鏡はまだだったけど、3年たって大きな節目をクリアしたことになります。今後はどんな風に経過観察になるのか、外来の間隔も少し延びるのかななんて思ってみたり・・・
 

   そして主治医からは、

   開業するために、病院を辞める事にしたと、(なんとなくそんな気もしてました。)

 私は手術後結構優秀な患者として先生とお付き合いしてきました。が、やはり主治医が

代わるとなると少し、心中は複雑です。

 正直優しい先生とは少し違うタイプでしたが、無事卒業するまではお付き合いして欲しかったかな・・
 
 朝9時前に病院へ、なんと今日は7人です。そのうち主治医が4人を?うち3番目が私、

 外来の受付で、先生と今日少し話したいと告げるも、検査の時に話せると、あまり乗らない返事・・・一応お昼に連絡しておきますと言われた。そして待機室へ、いつものあのかわいらしい看護婦さん、先生と話したいとここでも告げる、この前あんなで帰ったからいいのかなって思ってましたって言ってくれたから、ここでも再度話したいとお願いした。
 
 私も腸の内視鏡はこれで連続4回4年目のベテランになりました。

  しっかり塩あめと・黒あめを持参し皆さんへお配りして、ムーベン2リットルを2時間で飲む。  検査は3時から・・・・

やっぱり色んな意味でドキドキするし、やっぱり検査とはいえ嫌なものです。

 当然に注射してくれるものと思ってたら、注射しない、車運転できないからって、我慢できない様なら途中で注射するからって・・・なぜかそんなで納得させられて、検査がはじまる。
 今回、静脈注射はしなかったのに、あまり苦痛も無く自分の腸をモニターで見ることもできたのですが、

 なんかところどころに黒い粒が・・・ゴマ?って 言われたけどゴマなんか食べてなかったし、 何だろう?  わかった!

犯人はキウイの種です。トマトは気をつけて食べなかったのですが・・・・腸壁に張り付くんだ!   

   へエーってかんじでしょ!
    

 次回の検査では気をつけよう。

 ここはモニターを見なさいと主治医が言った部位は、手術跡 この丸くなった部分がつなぎ目だと説明をしてくれた。そしてそのすぐそばになんか色の変わったところ、それになんか異物が、ここは、止めた金具だと説明を受けた。でも正直よくわからなかった。
 
 検査後、外来で主治医と話す事が出来ました。

  今後の私はどうなるの?・・・・とりあえずしばらくは、月隔週でお手伝いに来るようで、その日に外来入れてくれました。

 なぜかほっとしたらお腹が空きました。だって検査のためにお腹の中は今キウイの種だけですから・・・・・
   

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一キロ2万6744円の肉???

手術してから3年、今度4年生に進級になります。

  先日、胃カメラ、CT,超音波で検査、特に問題もなく、25日に腸の内視鏡検査を受けます。

 この3年で大きく変わったことは、術後の激痩せから、数ヶ月で体重は元に戻り、気づいたときは元の体重を通り越し7キロ超肥えてました!
 

  なんとかこの7キロを落としたく、ジムにも入会、ビリーにも入隊、レックマジックならぬ、レックマジカルを購入、(つい先日正規品X)を購入した。バランスボールに、フラフープ、バナナダイエットと・・・・・
 

  しかし大きな成果はなくこの3年間で2キロ減ったかかどうか・・・・

 そして今回40日間5キロ減量ダイエットをすることにしました。

   5月6日スタート6月14日終了・・・

結果は マイナス4.3キロ
  
身長162.5センチ  48歳

   3年前に切腹 タバコはがん宣告の日より禁煙 ビール大好き

スタート時   55.7キロ      終了時 51.4キロ
BMI        21.1              19.5
体脂肪    31.0パーセント        25.7パーセント
内臓脂肪   60                40

                       (一度は35に・・・なったのに)
                   

 結局体重は4.3kのマイナス 一キロ2万6744円の計算になります。本当は最低でも5キロの減量をしたかったのですが、結果的には無理でした。目に見える体重だけで成功だったとか、成功でなかったとかはいえないかも知れませんが、内臓脂肪、体脂肪もこの40日間で数パーセント落ちた事で、私を40日間サポートしてくれた彼女は大成功といっていました。
 今回私を施術してくれた彼女に感謝します。     

   
 でも私も我慢したんです。
    大好きなビールを一週間のうち、5日は炭酸水にしたんですから・・・・・・
  
 40日間のダイエットは終了しましたが、やはり当初の目標までは何とかがんばりたいと思ってます。

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久しぶりに更新しました。

  みなさん、大変・大変お久しぶりです。

 私は相変わらず元気で頑張ってます。結構のストレスも何とか調整しつつ、明日を信じて頑張ってます。なんちゃって・・・・・・

    なかなか更新ができずに、しっかり春を迎えてました。
 

  信州のさくら情報を皆様にお伝えすることも無くさくらの見ごろはすっかり過ぎ花びらはすでに風に舞い何処へ・・・さくらの木からはしっかりみどりの葉っぱが・・・・
 

  今は芝桜の鮮やかなピンク色に目を奪われます。
 
 入学式、入社式と、新しい出会いや、転職、退職などで新たな環境、それぞれの新たな人生のスタートをきり、環境の変化への順応は、なかなか、大変な事ではないでしょうか。

 昨年暮れより、私の母親は、一人暮らしという事もあり、寒い時期だけでもという事で、介護認定を受け、ショートステイを利用してきました。春になれば家に戻って何とか生活できるだろうとも思ってみたり、やはり一人暮らしは無理かも、今後母をどう見守るか、施設入所も考えなければならない と! 。
 
 でも
 
 考えたところで、結論は、私が、兄が母を介護するのは無理となると最終的には施設入所に答えは決まる事になる。後は時期の問題なわけで・・・・そしてタイミングです。私の母親のような一人暮らしの老人が、安心して暮らせる生活の場所は介護付き有料老人ホームって事になるのか!
 
 しかし、ここも希望したからと言ってすぐに入所できるわけも無い。現状は、どこの施設もいっぱいであること。
 確かに世の中はお金持ちの人も居れば、少ない年金でやりくりしてるお年寄りも居る訳で、そんなお年寄りが、お金が無くても安心して、老後を暮らせる場所はあるのでしょうか?
 
 まあお金のことは、兄に任せて母親が安心して老後を送れる場所を探しています。
  
でもやがて自分も、そのときが 

 そんなことを考えて、シュミレーション!

  
    そんなことで、検索すれば老後の生活資金1億円超
 計算どおりにいかないにしろ、驚きの数字です。
ゆとりのある老後生活を送るには、公的年金や退職金もあてに出来ないとなれば、収入が不足するのは確実で、自助努力による資金準備も、この今の状況では・・・・今がよければなんてのんきな事も言ってはいられないのかも知れません。

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定期外来

3月9日定期外来日でした。
  本日は肺のCT・お腹超音波・そして血液検査、
気分はまだまだ凹んでますが、体は絶好調!脂肪肝も改善され、どこにも問題なく今回の検査を終え、次回3ヵ月後の6月四年生への進級のための検査日を予約し帰って来ました。
 
 ガイドラインでは がん は、今は7年で卒業といわれるようです。
  そういう意味ではやっと、3年です。あと4年か!思わずため息が出ます。でも手術後、特に大きな問題も無く今日までこれたことは、本当に良かったと思います。
  
 私が、この病気になって思うこと

 同じ病気でも人それぞれにいろんな カタチ があって、病気と闘う姿勢も違う、正直告知を受けたとき、こんながん患者で居られるとは正直思わなかった。 
 つらい闘病生活や、転移・再発の恐怖におびえる自分を想像してたから、
 確かに術後間もない頃は、毎日が不安でこの先自分がどうなるのかと考えてたし、当然死に方みたいなのも考えたりもした。  
 先日アフラックのテレビコマーシャルにも出演されてた宮下治美さんが40歳という若さで亡くなったのを新聞で知った。。若いのに・・・・私はこの方の闘病生活がどんなものだったか知らない、抗がん剤治療を受けながら、生命保険会社に勤務し、体験を語る講師活動もされていたそうです。
 こういう記事を目にすると、やはりショックです

 がんで死を迎えるのは大変だったのかと勝手な想像をしてしまった。
 どこから得た知識なのか、ガンの痛みは耐えがたい痛みだというではないか、
 出来れば何の苦痛もなく楽に逝きたいと思ってしまう。
 現実は今、こうしてる自分が自分であるから・・・

  最近 “がんで死ぬのもわるくないかも” という本を読む。

 たしかに

   年をとってからは“   ”しれない

                     そうなのかもしれない。 

 だけど、自分では選ぶ事はできません。
 たとえどんな最期が自分にあたえられるのかは分りませんが、凛とした態度で望める事を希望します。

 なんだか気分が凹み気味だと。考える事もマイナス思考、ここいらで何か元気が出る事件でも起これば一気に逆転大ホームランと行きたいところです。が、あと少し時間がかかりそうかも・・・・でも必ずプラス・マイナスゼロに絶対にしてやる!!
 

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模索!!迷い!!

 私最近へたり気味で、大げさに言えば人生の節目に躓いているということになります。何度とやってくる人生の節目の中で今回はかなりしんどいです。迷ってます。
 
 先日いろんなことを考えながら運転していてあと一秒早かったら、たぶん交差点で大事故を起こしてました。○○のサークルKの信号機でもう少しで大事故!それも私の信号無視で・・・
 一旦は停止線で止まった。と思う、たぶん赤で発進!目の前を車がマッハのごとく走り去った。右側は交差点角に屋敷があり、右から来る車は見えない。ぶつかったと思った瞬間ブレーキ踏んで、初めて信号機が赤で、目の前を走り去った車の後ろを左手前方に見た。
 たぶん私の車も直前までは見えなかったのではないかと思う、クラクション鳴らす間もなくってところだろう。結局怒鳴られることも無くしばらくの間そこから 「R」 に入れたまま動くことが出来なった。

 あの時ほど、神様仏様に感謝した事はない。つらいとき、苦しいとき、思い通りにならないときに、神様なんかいないって思ったけど、こういうとき、本当にいざって時に守ってもらった。もしあそこで事故になってたら、ほんの一瞬の事で、大変な事になっていたかもしれない。
 前の日ほとんど眠れなくて、人の真の本音を悟り、母親の事、これからの自分の事そんなことを考えながら運転してた。

  こんなことで事故起こさなくて本当に良かった。
数十年運転してて何度かドキッとしたことはあったけど、今回は100%私の不注意だから・・・
 

      今までの事考えたら、腹も立つし、頭にもくる。
 別に恨むつもりはないが、結構心の中は複雑な気持ちになった。
  
 割り切って割り切って、割り切って、そう自分自身に言い聞かせてます。
  
 私は,頭はついてはいるが、勉強もあまり好きではなかった。地位なんかも無いけど、結構いい子だった。(と思う。)
 頭が良いから、地位があるから、お金があるからって人への感謝の気持ち、ありがとうっていう気持ちは忘れてはいけないことだと思います。当然とか、当たり前とかで物事を進める、そういうのって、違うと思う。
   

    自分ひとりで生きているなんて事はないのですから・・・・
 
 
 人生の中を何分割にした時、今私は成年期、老年期に入る前の段階、大変な子育ても終わり、子供に対しての親としての勉学の責任もあと少し、青春期に比べたら、多少の容姿の衰えはあるにしろ、元気で気持ちだけは娘とまだまだ張り合えます。相変わらず洋服もせっせと買ってます。考えてみればあと少しがんばれば、少しゆっくりできるかな?
 今、この時が一番充実した日々であるのが理想的なのだが、そこにいたるにはまだ、まだ試練がありそうです。
 
 
 今は世の中の景気が悪い上、私は大殺界の真っ只中・・・今はじっと我慢そして自分の事を、もっと大事に考えたい。まだ今の私には心の余裕がありませんし、今もいろんな事が頭の中を駆け巡ってます。が、

 割り切って割り切って、割り切って割り切ることにしました。
 
 まだ成年期の私、超高齢期まで生き抜くためにそして、老後を人生の完成期として迎えるその日を目指しがんばってみようと少し前向きに考えだす事にします。

 私はつらいことがあると 書く ことで発散してきました。今回はいろんな思いや、迷いや、これからの事を考えたりしたら、簡単には結論が出ません。今まだ模索中ではありますが、嫌なら自分の思うようにしていいよって家族から言われた言葉で、その時はその時だって思ってます。

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ひとりごと

    なんか最近落ち込み気味、ブログもなかなか更新できません。

                               元気なんだけどなんか元気になれません!

              

   でっかい良いこと待ってマース!

 

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老親

  世の中は大不況といわれ、マイナスの文字や、右肩下がりのグラフに、連日景気の悪い話ばかりですね。
  

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     ここはひとつ神頼みでもと思ってしまいます。
 
          
    
   私の中でも予想通り気をもみそうなことが・・・ 
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 私の母は昭和3年生まれ、つい先日81歳の誕生日を迎えました。6年前に父が亡くなり、実家の母屋は母が独りとなる。
 年をとり、年相応に気力体力は激減し・・・・私が母を見舞う機会は、以前に比べ多くはなりました。数年前から介護予防教室へ月に3回通っていたのですが、その際に、介護認定を受けられたらいかがですかと言われた。それまでは、なんか別の所の話のように思ってました。

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 核家族化し、つれあいが亡くなると、一人きりになってしまう人はこれからますます多くなるはずです、そして今まさに、高齢者福祉問題に直面しています。 

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 まだ年齢的に若いうちはいいのですが、母親のようになってしまうと、なかなか外の世界とも孤立してしまい、ましてや寒くなると外で立ち話をすることもなくなってしまうのが現状です。母は、しもやけを悪化させ、皮膚科の先生にはこのまま一人暮らしをさせておくと、指 とれちゃいますと言われてしまった。ひとりで生活させるのは無理でしょう、何か考えたほうがよいと言われた。今介護申請中ではあるのですが、事態は考えてる以上に深刻であることを悟らさせられた。
 この先生は私もお世話になった先生、それに母も、昨年一月にやはりしもやけでお世話になってましたから、
 先生は私に、前会った時よりもかなり母の身体能力や判断能力の低下を指摘されました。 

作ればいくらでも時間は取れるはずなのに、忙しいを理由に、せわしく安否の確認を見舞う位で、生活面でもっと一人暮らしの母に対してもっと配慮が必要だったと思った。かといって、私が四六時中母を見ることは現実的には無理、それに母も一人で何もできないわけではない。だが、この冬をどう乗り切るかが、重要な問題となる。
 sweat01
 認定にあたり、主治医を決めることになる。母もこの主治医を気に入り、昨年末25日、少しお腹の調子を悪くして受診、その際先日皮膚科の先生に言われたことも相談。なんと翌日某病院で院長先生の受診後、即効しもやけで入院が可能となりました。

flair
 結局年越しも、年始も病院で過ごすことになりました、そして、退院後の今はショートスティを利用させてもらってます。家族のあり方自体が大きく変わった今、私の子供のころは、両親が居て、じいちゃん、ばあちゃんがいて、3世代同居の6人家族、じいちゃんが病気になり、その看病を母がし、そしてばあちゃんと・・・家族が協力して家庭内で解決してきた介護も、今はそれが困難になってきているのが現状です。介護保険制度が始まり、強制加入により、介護を必要とした時にサービスの提供を受けることになります。利用にあたってはさまざまな手続きもあり、今後の事も考え少し巾を広げて勉強してみようかと思ってます。
  やがて自分も、と考えると、やはり今できること、そして悔いのない生活を、でもやりたいように、好き勝手に生きてはみても、最後に現実の問題として老後のため、自分らしく最期を生きるために、やはりお金が必要であることだけは間違いなさそうです。

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