短くなった直腸とお付き合いを始めて5年たちました。

ずいぶん久しぶりのUPになります。

このブログをはじめたきっかけは、自分が病気になったからです。

 そして 今日5年が経過します。がんの告知を受け、この先、自分はどうなるのか、そんな思いからはじめました。病気になって不安で不安でインターネットで自分と同じ病気の人を探し、自分がどうなるのか、又手術がどう行われるのか、情報がとにかく欲しかった。

私は直腸がんでした。

ステージは3a、リンパ節に一箇所転移があり、2年間UFTを経口で平日服用、定期外来で血液検査・超音波・CTの経過観察でした。

開腹手術によりお腹に大きな傷はできましたが、お腹の傷は何の支障もありません。病気自慢の勲章です。トイレの回数は以前に比べると増えましたが、5年も付き合えばそれも普通と思えるようになりました。何よりも今日のこの日があることを、あの日今の自分を想像できなかったのに、

    今こうして生きてるんですから・・・・

5年前を振り返ってみれば

自分では特に大きく具合が悪かった訳じゃない。でも体はサインを送っていた。飲んでも(私はビールが大好きです)吐いた事なんか数えるほどしかないのに少し飲んだだけで吐いたり、肩がすごくこった。普通に立ってることも辛いくらい肩こりがすごかった事、これも若い頃から(今も若いですが)遠視のせいもあって、肩こりには悩ませていたし・・・

数ヶ月前からの、たびたびの出血は気になっていたものの、勝手な解釈で自分を納得させていたのですが、でも何かおかしい。

それが、私の直腸がんと診断された自覚症状でした。

もしあのまま放っておいたら、今こうして居たかはわかりません。

あの日あの時、ちょっと勇気を出して、検査に行ったから・・・・今こうして居られます。

 

 短くなった直腸とお付き合いを始めて5、最初はなれないお付き合いも次第にうまく付き合えるようになりました。

 

 大腸の内視鏡の検査も済ませ、前回画面に映った黒いゴマ?(正体(実はキウイ)今回は検査少し前から食べませんでした。画面に映った腸はきれいに私には見えました。

先日、がん患者の一応の区切りでもある5年が経過する事もあり、定期外来最後の日でした。

それが、最後の最後で・・・・

今回CT初めて具合が悪くなってしまいました。

造影剤によるアレルギー反応を起こしてしまいました。検査後、点滴を打ってもらいその後超音波・問診をして帰ってきましたが・・・ものすごく心残りです。

本当は5年 ここで無事卒業で、しっかり先生にもお礼を言って帰ってくるつもりだったのに・・・・何か悔まれます。

今まで何十回とやってきた検査なのに・・・造影剤を打った瞬間、体が熱くなるのはいつもの事だったのだが、真っ先に唇が何か変でそのうちに手・足がしびれて、心臓がバクバク・ドキドキ

息を吸ってー止めて下さい。なんて言われて、頑張ってそのままにしてようと思ったけど、無理・・・

いつもと違う・・・・そのまま車椅子で処置室で点滴してもらった。優等生だった私が・・・・

この5年間の定期外来も、病気にはなったけど結構楽しみしてました。検査結果もいつも順調で、短い時間の中で病気の話なんかすることも無く無事クリアしてきました事、本当に良かったです。

私の人生は後どの位あるかわかりませんが、この先年齢を重ねるごとに今までこんな事無かったと思うような事が、一杯次から次とやってくるそうです。

覚悟していないといけないですね。 To be continued

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今年最後の外来日

12月16日今年最期の定期外来日・・・今日は、ちょっとうれしいサプライズがありました。
 
 無事卒業まで担任を引き受けてもらうつもりだった主治医には、今も隔週で病院へ来る日に合わせて診てもらってます。

 手術から3年半経ちました。今も3ヶ月毎に、定期的に検査を受けていますが、特に検査結果に問題はやっぱりありません。
 
  
 本日、問題がひとつありました。、

 超音波検査の時、おなかに塗るジェルが洋服につき、パンツにまで、おいおい勘弁してよ!

 これから診察があるっていうのに・・・

 今回CT画像を後に、先に超音波室へと見慣れた顔の男子に呼ばれた。
いつもの技師女子はCT画像室にいるって事は、また人事異動。やはり同じ人に診てもらいたい。
以前この女子に変わった時も、正直不安で・・・ようやく慣れたのに!
 
今回は
 顔は見ていたがこの男子に診てもらうのは始めてです。
 
 いつも、洋服につかないようにタオルで挟んでくれるのに、なんか自分で洋服をあげた。よく分からないうちに、気にする事も無くおなかへジェルが・・・
  案の定検査が終わって洋服着ようとしたら、べとべとだもん。

CT室へ行った時にこの事を女子に話した。

“言ってやってください!”

って言われたけど、結局小心者の私は言わなかったし、この女子にも、口止めした。

 なんでって言われるかもしれないけど、じゃ、この女子にも話さないで自分の中にしまっておけばいいのにって思う?、
 

 だけど、それは無理なんです。それが小心者たるゆえんです。
 
 そんな事で検査を終えて主治医の問診を受け、
   
 “元気そうだね”って定番のお言葉!

 “気になる事は何かある?”
   
  って聞くから“今気になる肩こりと物忘れ”かな

 そしたら、それは “年だから”って事で解決・・・
  
 “そう言えば、約一ヶ月目の11月18日に小指を部屋のドアに挟み、いまだに痛い、たぶん折れたか、ひびが入ったか、そのままにしてあります。”

  “ってな事はよくある話だね”って事で、こちらも解決・・・とまあ、またこんな感じで本年最後の外来を終えました。

 “次回は3月ね、外来入れとくから・・・・って、先生まだ来るの?

    失言、まだ来れるんですか?自分の病院もあるのに

 今回もこうして元気でいれる事、 神様、ご先祖様、そして私の運命に感謝です。

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4年生へ進級しました。

 昨日は無事4年生へ進級するための大事な検査の日でした。

    ここで担任交代?・・・・・

 実は、 前回の外来に日に、少し長く話したいからと、一番最後に・・・どうせ待たせる口実と思いつつも まあいいかと順番を待つ事にようやく私の番になり、当然のように今回も大きな問題も無し、腸の内視鏡はまだだったけど、3年たって大きな節目をクリアしたことになります。今後はどんな風に経過観察になるのか、外来の間隔も少し延びるのかななんて思ってみたり・・・
 

   そして主治医からは、

   開業するために、病院を辞める事にしたと、(なんとなくそんな気もしてました。)

 私は手術後結構優秀な患者として先生とお付き合いしてきました。が、やはり主治医が

代わるとなると少し、心中は複雑です。

 正直優しい先生とは少し違うタイプでしたが、無事卒業するまではお付き合いして欲しかったかな・・
 
 朝9時前に病院へ、なんと今日は7人です。そのうち主治医が4人を?うち3番目が私、

 外来の受付で、先生と今日少し話したいと告げるも、検査の時に話せると、あまり乗らない返事・・・一応お昼に連絡しておきますと言われた。そして待機室へ、いつものあのかわいらしい看護婦さん、先生と話したいとここでも告げる、この前あんなで帰ったからいいのかなって思ってましたって言ってくれたから、ここでも再度話したいとお願いした。
 
 私も腸の内視鏡はこれで連続4回4年目のベテランになりました。

  しっかり塩あめと・黒あめを持参し皆さんへお配りして、ムーベン2リットルを2時間で飲む。  検査は3時から・・・・

やっぱり色んな意味でドキドキするし、やっぱり検査とはいえ嫌なものです。

 当然に注射してくれるものと思ってたら、注射しない、車運転できないからって、我慢できない様なら途中で注射するからって・・・なぜかそんなで納得させられて、検査がはじまる。
 今回、静脈注射はしなかったのに、あまり苦痛も無く自分の腸をモニターで見ることもできたのですが、

 なんかところどころに黒い粒が・・・ゴマ?って 言われたけどゴマなんか食べてなかったし、 何だろう?  わかった!

犯人はキウイの種です。トマトは気をつけて食べなかったのですが・・・・腸壁に張り付くんだ!   

   へエーってかんじでしょ!
    

 次回の検査では気をつけよう。

 ここはモニターを見なさいと主治医が言った部位は、手術跡 この丸くなった部分がつなぎ目だと説明をしてくれた。そしてそのすぐそばになんか色の変わったところ、それになんか異物が、ここは、止めた金具だと説明を受けた。でも正直よくわからなかった。
 
 検査後、外来で主治医と話す事が出来ました。

  今後の私はどうなるの?・・・・とりあえずしばらくは、月隔週でお手伝いに来るようで、その日に外来入れてくれました。

 なぜかほっとしたらお腹が空きました。だって検査のためにお腹の中は今キウイの種だけですから・・・・・
   

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定期外来

3月9日定期外来日でした。
  本日は肺のCT・お腹超音波・そして血液検査、
気分はまだまだ凹んでますが、体は絶好調!脂肪肝も改善され、どこにも問題なく今回の検査を終え、次回3ヵ月後の6月四年生への進級のための検査日を予約し帰って来ました。
 
 ガイドラインでは がん は、今は7年で卒業といわれるようです。
  そういう意味ではやっと、3年です。あと4年か!思わずため息が出ます。でも手術後、特に大きな問題も無く今日までこれたことは、本当に良かったと思います。
  
 私が、この病気になって思うこと

 同じ病気でも人それぞれにいろんな カタチ があって、病気と闘う姿勢も違う、正直告知を受けたとき、こんながん患者で居られるとは正直思わなかった。 
 つらい闘病生活や、転移・再発の恐怖におびえる自分を想像してたから、
 確かに術後間もない頃は、毎日が不安でこの先自分がどうなるのかと考えてたし、当然死に方みたいなのも考えたりもした。  
 先日アフラックのテレビコマーシャルにも出演されてた宮下治美さんが40歳という若さで亡くなったのを新聞で知った。。若いのに・・・・私はこの方の闘病生活がどんなものだったか知らない、抗がん剤治療を受けながら、生命保険会社に勤務し、体験を語る講師活動もされていたそうです。
 こういう記事を目にすると、やはりショックです

 がんで死を迎えるのは大変だったのかと勝手な想像をしてしまった。
 どこから得た知識なのか、ガンの痛みは耐えがたい痛みだというではないか、
 出来れば何の苦痛もなく楽に逝きたいと思ってしまう。
 現実は今、こうしてる自分が自分であるから・・・

  最近 “がんで死ぬのもわるくないかも” という本を読む。

 たしかに

   年をとってからは“   ”しれない

                     そうなのかもしれない。 

 だけど、自分では選ぶ事はできません。
 たとえどんな最期が自分にあたえられるのかは分りませんが、凛とした態度で望める事を希望します。

 なんだか気分が凹み気味だと。考える事もマイナス思考、ここいらで何か元気が出る事件でも起これば一気に逆転大ホームランと行きたいところです。が、あと少し時間がかかりそうかも・・・・でも必ずプラス・マイナスゼロに絶対にしてやる!!
 

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今年最期の外来∩心の中

先日今年最後の外来日で病院へ・・・
 血液検査、造影剤を使っての腹部CT、腹部超音波検査
今回も、異常なしで、血液だって、Lも無ければ、Rも無し。手術後2年半無事に今年も終わりそうです。

 今回の超音波で 今までずっと言われてきた脂肪肝は霜降りの極上から、並になったらしい。 
 
 お酒も止めたわけではなく、運動もそこそこ、体重も夏はいったんは病気前の体重にあと一歩と近づいたものの、目標はクリア出来ず、変わった事は、7月に2年間飲んだUFTの経口がおしまいになった事、でも後で主治医は、関係ないと思うよってそう言ってました。でも、私は医者じゃないけど、きっと何らかの影響はある筈だと思う。だって、UFTも抗がん剤でしょ!
 
 どちらにしても、脂肪肝が改善されたのですから・・・・良しという事ですが
 
 アルコールも運動も適量で、またまた来年の目標も、“○キロ減量”は

 ノミネートされそうです。

 (心の中
 
24bit01

 詳しくは公表できません。が、心の中を少し見てください。

    私は、心の小さい人間なんです。
 
 こうしたらこうなって欲しいとか思ってる。こっちだって心の本音は無理もするし、我慢もしてる。そんな事も分からないで当然って顔されて・・・

 それが言えなくて、それが出来なくて・・・・大人でしょ! 

 自分の何に、自信持ってるか知らないけど、大切に思うことや、感謝しなきゃならないという気持ちは、やっぱりいつでも、忘れてはならないことだと思う。相手が誰であっても・・・
    分かってます、自分自身にも言えることなんだと 

 なんか、ここ数日、決定的な言葉で、結構、カチンと頭きてます。
  
 心の広い人間に・・・・いつも笑っていられたらいいのに、そんな人間になんかなれそうにありません。

 なんてついつい落ち込んでしまいました。が、何にも変わりません。また自分の中の汚い部分を再確認しただけって事か!・・・・今年もあとわずか、元気に頑張ってる自分に戻ります。
  
 訳分からない事をここで書きましたが、あなたに見てもらったことですっきりしました。
 
 では、あわただしい年末ですが、せめて心を穏やかに、この一年を締めくくりましょう。

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婦人科の再検とおっぱい検査

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先月の婦人科の検査結果で
  
 :子宮頚部細胞診結果 クラスⅡ

 :子宮体癌検診結果  クラスⅡ     

 そして卵巣腫大疑いのため再検査という事で、昨日再検査を受けました。 

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 『何か気になる自覚症状はありますか』と聞かれ、

               『特にありません』 と答えた。
  
 パソコンの画面を見ながら、

 前回卵巣が腫れてるって事でしたね、では隣の内診室へ・・・・
 
 『今回卵巣に腫れは認められません』という事で、やはりあの数日後、生理になりましたのでやはり卵巣の腫れはそのせいだったのでしょう。生理前に卵巣が腫れることもあるようだし、特に痛みも無いし、あまり今回は気にしてませんでした。

 子宮頚部細胞診結果でクラスⅡという分類は

   異常細胞(感染症、炎症、異物、萎縮)を認めますが、悪性所見はありませんと説明がある。おおよそ半年に一度の検査を要するということらしい
 
 『今回の検査は抜かして次回は5ヵ月後になりますから来年4月ですね。』

 『またお願いします』という事で婦人科を後にし、

 今度は超音波室へ

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おっぱいのしこりは3センチから2.7センチ、一回り小さくなりました。》
 

 今日は新しく導入されたという超音波機械にもお付き合いしてきました。
 今までの超音波の機械よりも色んな検査ができるようです。たとえばしこりの硬さとか・・・専門用語はよく分かりませんが、すごいものなんでしょうね。
 機械が病気を見つけてくれるんですから・・・・
  
 そういえば、婦人科でお腹の中の赤ちゃんの映像をビデオに収めたい方はスタッフまでとありました。
  
  医学も医療機器も日々前進で、これからどんなものが、できるんでしょうか?
 
    次回12月8日定期外来日です。術後2年半です。
  
  早いような、長いような、このまま元気に突っ走ります。 

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婦人科の受診

Photo婦人科外来行って来ました。    

超音波検査で卵巣に2センチの腫れあり、
 日をあけてもう一度検査させてもらいたいと言われた。

  次回外来の時で良いという事なので、来月おっぱいを見てもらう前に、再検査してもらう事にした。

 “卵巣が腫れる”わりと良くある事で、極端に大きいもの、成長するようだと悪性の疑い、卵巣がんという事もありうる訳で手術する事になるが、私の場合、慌てなくても次回外来の時で良いということは、そんなに心配は無いということなんだろう。

 今回は子宮体がんと、子宮頸がん検査をしてもらった。 

結果は後日郵送で、

J_003_2 子宮体がん検査は子宮の奥の壁から擦り取る際、少し痛みを感じますが、我慢できない痛みではありません。多少の出血が2・3日あると説明を受けました。
 子宮体がんは閉経後になることが圧倒的に多いようで、要するに生理が正常にあるときは、子宮内膜は月経で剥がれるために、かりにそこへできたがんも一緒に剥がれ落ちてしまうようです。ここ数年は生理も不順ですからやはり検査して、安心したいところです。
 私も自分の身体なんだが、よく分からないDrに聞いてみた私、そろそろ閉経でしょうか?って 
 まだ子宮の壁に厚みがあるので、まだ閉経にはならないでしょう。
 
 ところで話は変わりますが
      スーパーからbananaバナナbananaが消えました

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術後2年3ヶ月・・・外来の日

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本日(9月8日)外来日・・・・血液検査・肺のCT・腹部超音波

 手術から2年3ヶ月目の外来 やっぱり今回も異常なし!

 でも主治医、今回体重に変化があったのに、今体重は何キロ?って聞くから、 今回かなり薄くなりましたって、言ってやった。
   
 どこが?
   だからここ!(お・な・か

 誰が言うの?って聞くから周りの人がそう言ってます。

 タバコは?って、もう先生、カルテの真ん中に書いておいてよ!あの日、告知日の日止めたって言ってるでしょ!

  主治医と病気以外の話が出来るって事はうれしい事です。
 
 同じ病気で残念なことに亡くなってしまった方もいる中で、こうして元気でいられる事に本当に感謝します。

 おっぱいにあるしこりも最近小さくなった?ような・・・ついでにおっぱいも小さくなった気がする。

 今、元気なんだけど、自分の身体の中で少しだけ気になる事がある。

   もうすぐ誕生日が来れば48歳です。そろそろ閉経?

 最近 たまにかアーっと熱くなる事が日に何回かある。いよいよ更年期か?
これが更年期の症状なのか?

 イライラして八つ当たりする事もあるけど・・・回りの皆さんごめんね!

 更年期って辞書で調べると、女性の成熟期から老年期に移行する時期。月経が閉止する前後の数年間をいい、40歳ー50歳を平均とする。とある、人それぞれ違うらしいけど・・・・

 なんか微妙   

 外来で会計待っている間に婦人科の予約入れてきました。

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抗がん剤UFT∩回想編

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あの日の私は今日の今の私を想像なんかできませんでした。 

 そして2008・7・9日、この2年間飲んできたUFT、明日から休薬です。   

    (1度の飲み忘れと、1包の飲み忘れがありました。)   
 
  抗がん剤・・・ユーエフティE顆粒(100mg)2包 本日最終日 

 この2年間抗がん剤を優秀な成績で飲めたのは、平日の服用であり、土・日が休薬だった事。食事の後、飲むようにし、時間の間隔を正確にしなかった事、服薬中も、大好きなビールは飲んだ事。そして大きな副作用が無かった事だと思います。
  
 2年間抗がん剤を飲んだ事により、私の体がどう変わったのかは正直分かりません。

  私は開腹手術を受け直腸がんステージ3a。統計からいえば5年生存率68パーセント。

 先の事は、分かりませんが、これは誰でも同じでしょう。

   だから私はこの先もまだまだ頑張ります。2年前、不安で不安でどうしようもない自分がいました。生存率とか転移とかそんな事ばかり気になってた、自分と同じような人がいったいこの先どうなるだろうかって・・・・このときに私はブログの中に災難の活かし方というブログを見つけました。部位の違いはありましたが、ステージも同じ事もあり、私よりも少し早い手術を受られてましたし、詳しく病気の事も調べられてて、記事UPされてました。このブログを見つけた時に心強く感じました。
 
 私のコメントに対してのアドバイスはすごく参考にさせていただきました。やはり医者には分かってもらえない事や、なかなか聞きにくい事もありますから。
 Azisai_001
   
(回想編)
 
 2年前の6月21日直腸がんの手術を受けた。病理検査の結果によっては、抗がん剤を併用する事になると説明を受ける。抗がん剤と聞いて、脱毛・吐き気をただ単に漠然と想像した。
 
 手術から2週間、身体につながれた管は、全てはずされ、後は、病理検査の結果リンパ節に転移が無いことだけを、術後の痛みから徐々に解放されるにつれ、思う事、考える事、願う事はそれだけだった。ここに居る人の中には、高い抗がん剤を飲み、打って副作用もあったりしたんだ。私は切っただけで“はいさよならガンちゃん”なんていくんだろうか?これからのことを考えると不安でいっぱいだ。お金の事もあるし・・・

  PM5時10分主治医が病室へまだ結果は出ないという事だったが・・・・しばらくして、呼ばれた主治医に、詰め所に来るようにと・・・・
 結果は、リンパ節に転移が認められたため、7月10日から平日3回・土日休薬で2年間経口する事になりました。ショックだった。(誰も回りに居なかったら、思い切り泣きたかった。)
 病室に帰り、涙が流れた。
 
 これから、私はどうなっていくんだろう?死ぬまで入退院の繰り返し?リンパ節への転移ってどういうのを言うんだろう?来週から抗がん剤、あんなにお願いしたのに叶わなかった。これが現実か!!
 
 自分の中では、病理検査の結果リンパ節への転移も無く
、悪いところはとったんだからもう大丈夫そういうすがすがしい気持ちで退院するはずだった。心の中の、どこかで自分だけが、よければいいって思ってた。みんな、私よりいっぱい生きてるのにって思ったのも事実です。だからばちが当たったのかもそう思った。
  
  病理検査の報告書には新たにリンパ節の文字が増えた。
 7月10日、朝食後初めての抗がん剤を飲む。なんか震えた。

 術後3週間予定通り退院することになりそうだ。退院前主治医に時間を取ってもらい話をした。
 今回の手術は120パーセント成功した。予防のために抗がん剤を経口すること。そして定期的に検査をすること。そしてあまり深く考えるなと・・・言われた。
 大きな不安もあるが退院することになりました。完全に治っての復帰ではありませんが、現実をしっかり見つめてこの先自分の命を大切にしたいと、生きてる事の大切さ、健康であるという大切さを、あらためて考えさせられました。昨日主治医にいくつか質問をした。私の期待した答えは返ってはこなかったが、私は今の現実が夢でない以上、この現実と向き合っていかなければならない、子どもたちには、迷惑をかけたよね。小さい事や、なるようにしかならない事に、いろいろ気をもんで、考える事はこれから少しずつ減らしていこうと思う、くよくよ悩む事も・・・

  主治医は私の性格を手術前から分ってるってそう言ってくれた。いろんな患者を診ているからだろう。ここで僕が100パーセント大丈夫だって言ったら、安心するだろうけど、そんな気休めは言わないって言われた。その通りだ。私は、いったい先生の口から何て言って欲しかったわけ?
 治るよ!って 
 大丈夫だからって、そんな言葉を期待していたんだと思う。
 辛いとは思うよって・・・・なんかこの言葉を聞いて涙が出そうになった。
                      

                            辛くて、苦しくて、不安でいっぱいです。

 病気になんか負けないという気持ちと、負けてたまるかって言う気持ちと、もしかしたら死んでしまうのではって・・・そんな毎日だった。

                          そんな事を考えると自然と涙が出ていた。

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無事三年生へ進級です。

 術後2年になりました。今日も元気に頑張ってます。
  
 2006年6月の直腸がん開腹手術から2年、短くなった直腸と付き合いだして2年、検査も済み無事3年生へ進級です。
 
 今日はこの2年間の話をしたいと思います。
 
 45歳で直腸がんの宣告、約3週間後の手術に向け、転移があるかの検査を受けた。
 お尻からの出血が、ひょっとしたら大腸がんではと不安になったのが3月くらいだった。特にお腹が痛いわけでもなかったし、日頃から結構便秘気味だったから、下剤を飲んだりして便秘と下痢の繰り返しだったから、まわりからの情報の中で大腸がんの症状にこれがあてはまっていたのかは分からなかった。

 ブログを公開してみようと思ったのは・・・・・

   がんになった自分がこの先どうなって行くのか?

  自分と同じ病気の人を、必死でパソコンの中に探したように、もし少しでも、病気での不安や、悩みを共有できればと思い始めることにしました。
 
 中でも夢中になって読んだブログが、同じ病気のMOMOさん“進め!一人暮らしの闘病記”そして私の手術に対しての心構え・入院生活の参考にさせてもらったのが、“大腸雁之助の大腸がん闘病記”でした。
 残念な事にMOMOさんは、亡くなられましたが、同じ病気でも、同じステージでも一人ひとり違うって事を教えられました。

 ちゃちゃまる 45歳8ヶ月でがん告知  女
  
 病名   直腸がん(高分化型)

 ステージ   3a

 抗がん剤 UFT単剤(平日服用・土・日休薬)2年間の予定 (もうすぐ終了です。)
 
 私は直腸がんでしたが、人工肛門にはなりませんでした。
 

 開腹手術し、切り取った部分の第一群リンパ節に転移があり抗がん剤を経口する事になりました。短くなった直腸と付き合い始めた頃から比べたら、ずいぶんお互いを尊重し あいながらうまくお付き合いできるようになりました。
 

 直腸が短くなり、切ってつないだ部分が腸管を細くするから、ウンチが細い!これをどう表現するかというと、ちょうど生クリームを搾り出す感じと同じ、そうこの表現がぴったりだと思う。今も排便はマグミットに頼っています。
  

 s字で待機、直腸へは量に関係なく排便の指令が・・・・食べる量は変わらないから回数は多いのは仕方ないんだろう。
 
 抗がん剤UFTに関しては、飲み始めた頃から、手先のしびれを感じましたが他には 
 特に大きな副作用もなく飲んできました。 この間風邪を引くと長引き、健康体なら、抵抗力でぶっ飛ばせたはずの足の裏のぶつぶつに半年以上皮膚科に通い、歯医者も同様、たぶん大丈夫であろうと治療した歯は、意外ともろく、結局明日型取という日に抜く羽目になり歯医者も一年近く通いました。これが抗がん剤の副作用なのかは分かりませんが、医者にはずいぶん忙しく通いました。
 
annoy ・・もし今偶然に私のブログを見つけてくれた

                   あなたへannoy
 
 前向きだったり、後ろ向きだったり、時にはへこんだり、みんな病気でなくても当たり前な事ではないでしょうか?
 
 あの日、あの時勇気を出して医者へ行った事、そして今の主治医に会った事、だから今こうして元気に生きています。こんな私もまだ3年生へ進級したばかりです。不安もありますが、無事卒業できる事を信じています。

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